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『永い言い訳』のこと

相変わらず何かと、というか何一つ、上手くいかない日々です。まあそれが通常運転。

映画の脚本(長編)を書いているのだけど、体(てい)さえなしていなくて、もう1年半くらい通いで学んでいるのに、進歩がなくとても恥ずかしい。「自分だけが、前に進んでいないような気がする」。周りの人はどんどんすたすた、歩いていく。

脚本を書き始めてから、小説を断片的に書くしかない状態になっていて、今書いている脚本が仕上がったらもう脚本を書くことなんて諦めてしまう方が身のためかも、と今日思ったけど、というかもうこの段階で辞めてしまう方が賢い道なんじゃないかと思ったけど、ここで辞めたら、もう映画を観るという行為さえ辛いことになってしまうんじゃないかと思って、答えは出ていないけれど、泣くに泣けないが、やるしかない。「やるしかない」というのはすごく反知性的で頭が悪そうな言葉だけど、結局のところ何も持たざる自分はそういう頭が悪い人でも取れる最後にして最悪でそれでいて無限の可能性を秘めている風に見える魔力のような方法に縋るしかない。「やるしかない」時に何もせず、ぐずぐずうだうだ生きてきたからこんなことになっているのだ。何だよ、こんなことって。

書きたいことなんてないなあ、と思って生きてきたけれど、それは真剣に対峙しようとしていなかっただけで、自分が本当に書きたいと思うこと、というか書かずにはいられないようなことで勝負する以外ないのだ、と今さら、ようやく、分かった。求められているもの、とか時代の要請、とかムード感、とか本当くそくらえである(きたない)。大体、誰もお前には何も求めていないのだ。じゃあ自分が求めるものを探して紡いでいくしかないじゃないか。

劇場へはなかなか映画を観に行けない状況だけど『スリー・ビルボード』と『シェイプ・オブ・ウォーター』はとりあえず観てきた。でもその話をするつもりはなく、それより昨夜、今書いている脚本の参考になるかと思って学生の頃ぶりに観た『時計じかけのオレンジ』のことを。
1970年代、暴力、レイプ、欲望のままの若者。批判を浴び、青少年の凶悪犯罪に影響を与えていると言われ、多数の脅迫状にキューブリックは自分の家族の身を案じ、世界最高峰の一本であるこの映画を、自分の手で生涯、上映を禁じた。
『シェイプ・オブ・ウォーター』に比べると(『 』内は最近のアカデミー賞界隈の映画やディズニーが量産している映画を入れても多分成立する)だいぶ前時代的な価値観ですね、と言われかねないしそれはある意味では間違っていない可能性もあるけど、僕はこの道徳的に反する映画の原作(というか脚本の参考になるかと思って観返したのに、この映画には脚本と言うものが存在せず、原作を現場に持ち込んで「じゃあ、原作の○ページを開いて……」とかやりながら作っていたらしい。狂っている)者・アンソニー・バージェスが妻をレイプされ、その苦しみをぶつけた(書かずには生きていられなかった)小説だと知って、何よりそこにいちばん撃たれた。全然事情は違うけれど、自分だって、別に何かに感動したからとかお話創りが好きなのでとか、そんな美しい理由じゃなくて、そうするしかないと思ったから、憶えとけよ!と思って吐き気をもよおしながら始めたことだったのだ。


何の脈絡もなくてアレだけど、以下は「好きな作品を一本紹介してください」という指定で2か月ほど前に書いたものです。この映画を特別こんなに気に入っている人と言うのもそうはいないんじゃないかと思う。いや、そんなことないか。






『永い言い訳』(2016年、西川美和監督)

西川美和は「嘘」をつく。監督デビュー作『蛇イチゴ』で主人公の一人、問題を抱えた家族の長女である教師は「嘘は一つつくときりがないの」と生徒に説いた。一度嘘をつくと、それを本当にするためにいくつも嘘を重ねなければならなくなる、と。まるでその言葉が予言していたように『ゆれる』では嘘が兄弟を切り裂き、『ディア・ドクター』では資格のない「偽医者」を村ぐるみで神のように崇め、『夢売るふたり』では結婚詐欺を繰り返しながら夫婦が壊れていった。西川映画では一貫して「嘘」が物語を牽引する。監督自身のもう一つの顔である小説家を主人公に据えた『永い言い訳』にはどんな嘘があるのだろうか。

小説家の衣笠幸夫(本木雅弘)は妻・夏子(深津絵里)がバス事故で死んだという知らせを受ける。幸夫はその前日、友人との旅行に出かけていく夏子を見送った。そして不倫相手である編集者の福永智尋(黒木華)を招き寄せ、情事にふけっていたのだ。幸夫は妻の死を悲しめない。悲しくない。そんな幸夫の前に、夏子と共に命を落とした大宮ゆき(堀内敬子)の夫・トラック運転手の陽一(竹原ピストル)が現れる。陽一は妻の死を受け入れきれず絶望的に悲嘆しながらも、長男・真平(藤田健心)とその妹・灯(白鳥玉季)のため懸命に生きていた。真平が家事のため中学受験を諦めようとしていると知った幸夫は週2回、大宮家に通い子どもたちの世話をすると申し出る。幸夫は大宮家の3人と新しい「家族」の生活を営みながら、夏子の死と向き合っていくが――。

本作では前述の過去4作品のように、分かりやすく「嘘」が提示されることはない。しかし監督が映画の原作として執筆した小説版では、生前の夏子の一人称で次のように語られている。

「優しさの成分は、九十パーセントが、嘘である。幸夫くんは嘘つきだ。そこが私の好きになったところ。嘘をついている自覚さえなく、何もかもが不確定で、裏付けのないことばかり。その時は本心のようだが、あとからふりかえれば、蒸し返すのさえ恥ずかしいような、嘘だらけ」

衣笠夫婦の間には、修復できないほどの溝が出来ていた。ある日、幸夫は夏子の携帯電話に残されていた幸夫宛てのメールの下書きを見つける。「もう愛してない。ひとかけらも」。激昂する幸夫。本作における「嘘」は間違いなく、この夫婦間の感情と関係性の中にある。小説という「嘘」を仕事にする幸夫と、その幸夫の「嘘」ではない実人生を共にする夏子。彼らの嘘は「夫婦の関係が壊れているのに、その事実と向き合わぬまま夫婦の『ふり』をしてきたことだ」――と言葉にすればそういうことになる。その嘘は「浮気した/してない」「愛している/愛していない」といった二者択一の中にあるのではなく、冬の夜明けの窓にいつのまにか付いている結露のように、静かに溜まってできたものだ。そしてそれは観る者誰もが、多かれ少なかれ心当たりのあることだったりする。パンフレットによると、監督は本作の着想について、2011年の震災後「あの日の朝に、なにげなくけんか別れをしてしまった家族もあったのではないか」と思ったことがきっかけだったと語っている。「苦しい関係の終わり方を経験した人の、その先の物語を」との思いが結実した。これまでの西川作品では「嘘」が強調される一方、たとえば『夢売るふたり』では夫婦の犯罪があまりにも現実離れしていると感じられてしまうように、どこか普通のリアリズムとは一線を画す印象があった。しかし本作の根深く見えにくい「嘘」は現実味のある重さとして、日常の延長線上に確実にあるものとして、観客に圧し掛かる。少なくとも僕には血が出るほど強く刺さった。西川映画はここに来て一段階上のレベルに達したと思う。

幸夫を演じる本木雅弘は『おくりびと』で自分の父親の死と「納棺」の仕事を通して向き合う主人公を演じていたが、本作はあの主人公がもしその最期の別れの瞬間でさえ大切な人と向き合うことができていなかったら――という「その後」の物語であるとも読み替えられる。十代の頃から人気アイドルとして大勢の目にさらされてきたからこそのある種の「陰」が、幸夫の強い歪みと重なって「もう、こういう人にしか見えない!」という域に達している。パンフレット付属のDVDでは、取材中に、夏子の携帯に残されていた下書きをもし本木自身が受け取ったとしたら、と問われて「ほっとする」と答えたことが西川から明かされている。このDVD、本編に匹敵するほど面白いので、どうにか手に入れてぜひ観てみてほしい。生身の自分は幸夫より「こんがらがっている」と語る本木。「愛している」ということに量的なものが存在した場合、その気持ちにおいて自分より相手の方が強かった場合、「お返ししなきゃならない」と思ってしまって「素直なものに繋がらない」のだという。もし「愛している」と言われてしまったら、そこに届かないものはマイナスでしかない。だったら「愛してない」と斬り捨てられた方が、僅かでもそれを悲しいとか寂しいと思えた自分がいたら、それを見つけられた方が嬉しくて幸せだから、そんな関係性の方が愛おしい、と本木は強く語る。こんな人が演じた幸夫には魂が乗っている。本当に、俳優以外のどんな仕事も出来なさそうな人だ(すごく褒めている)。

そして物語における「不在の存在」である夏子を演じたのが『悪人』以降、とくに『岸辺の旅』では新境地とも言えるような演技を開拓した深津絵里だ。西川映画では「不在の存在」が物語にいつも大きな影を投げ掛ける。『ゆれる』で途中退場する真木よう子しかり、『ディア・ドクター』で行方をくらます偽医者・笑福亭鶴瓶しかり。でも本作における夏子の登場シーンはたった3シーン程度、はっきりした台詞が在るのはファースト・シーンのみだ。なのにずっと、画面上に見えなくても夏子の存在が、ずっと空気の中に映り込み続けている。『岸辺の旅』では自殺した夫の幽霊と旅する妻の役だったが、本作では自分が消えてしまう。冒頭、幸夫の髪を切る彼女は『悪人』や『岸辺の旅』のようなどこか受け身の女性というより、かつて彼女が演じた『踊る大捜査線』シリーズのすみれさんのような、きびきびして他人に弱みを見せまいと言い聞かせている人物だ。映画を観ている僕たちは「もう愛してない。ひとかけらも」というメールを打ち込む夏子の姿を想像する。おかしな言い方だけど、多分彼女はその姿まで演じきっている。

本作の不思議で愛おしいところは、主人公・幸夫が分かりやすい形で「成長」しない点だと思う。もちろん幸夫は子どもたちと陽一との関係の中で前に進んではいる。でも、その核になっているのは、長男・真平との奇妙な類似だ。真平は直情型の父・陽一とあまり似ておらず、内に秘める幸夫にむしろ近い。真平も、母親が死んだとき泣かなかった。幸夫はいつも泣いてばかりいる陽一について真平に「弱いから泣くんじゃないんだよ。お父さんはね、強いんだよ。強い人はね、大事な人を亡くしたときに、ちゃんと逃げずに悲しんで、ちゃんと泣くの」と説明する。そこで真平は、葬式で涙を見せなかった自分に対し、陽一から「お前平気なのか」と言われたことを明かす。

陽一「……平気じゃないよ」
幸夫「分かってるよ、……分かってるよ」

真平に対する幸夫の言葉は最も繊細で、優しい。幸夫の「善き面」が最もストレートに表出する。それは幸夫が真平の中に自分を見ているからだ。真平との会話は幸夫自身との対話でもあるのだ。だからこの場面は単純に美しい交流とは実は言えないのかもしれないけれど、そういう幸夫の哀しさ含めて愛らしいし、愛おしい。映画の終盤で、真平と陽一が、幸夫と夏子のようなすれ違いの別れを危うくしかけてしまうところに幸夫が対峙する。そしてその出来事が、離れかけた幸夫と大宮家を再び結び付けるという構造にもなっている。

「愛してない。もうひとかけらも」というメッセージの意味は何だろうか。夏子はそのメールを最期まで幸夫に送らなかった。届かなかった手紙。本作で最もエモーショナルな場面は、幸夫が陽一と決別してしまう時の叫びだ。

「僕はね、夏子が死んだ時、他の女の人と寝てたんだよ。バスごと崖から落っこちて、夏子が凍った湖の中で溺れていた時、夏子のベッドでセックスしてたの。やりまくってたの。君とは全然違うんだよ!」

死別を含む悲劇に見舞われた主人公を描く映画は過去にいくらでも存在する。それらは概ね「失って初めて気付く大切な存在」というような軸で物語が進行する。しかし幸夫にとって夏子がそういう存在だったのかどうか、夏子への感情が変化しているのかどうかは明示されない。観る者の想像に委ねられている、と言えば聞こえが良いが、実際には幸夫はあまり「成長していない」のではないかと僕は思う。幸夫の慟哭は、夏子への罪の意識が吐かせた言葉だろうか。幸夫と夏子は互いに嘘をついていた。「愛」があったかどうか分からない。「人を好きになる」とか「愛」ってよく言うけど、結局それって何なの? と問い掛けてくるような映画でもある。幸夫と夏子の間に、それはなかったのかもしれない。だけど互いに「愛おしい」という感情だけはあったのではないか、と願望かもしれないけれど僕は思う。ラストで幸夫は「人生は他者だ」という言葉をノートに綴り、初めて涙を流す。人を好きになれない人、大切にできない人はとかく一人にこもりがちになってしまうけれど、それでも人生は他人と向き合い、繋がっていこうとすることなのだと気付く。だから幸夫と夏子が一緒に生きたことだって、間違いだったわけじゃない。映画や物語では人物がとかく成長する(そもそも、それこそが「物語」なのかもしれない)。でも、現実はそうじゃない。そうじゃなくても生きていかなければならない。本作は人と向き合って、傷つけてしまったことのある人、取り返しのつかない形で関係性が途切れてしまったことのある人、人を大切にできない人、愛したいのに愛せない人のための映画だ。そういう人たちの記憶の傷のため、そういう悲劇をこれから先繰り返さないため、そしてもしまたそういう悲劇が起きてしまっても、その先も生きていけるための映画だと思う。僕は幸夫が分かりやすい成長を遂げることができないままに、それでも生き抜いていってくれることに救われる思いがした。そういう人でも生きていい、生きていかなくちゃならないんだよ、と言ってもらえた気がした。そういう映画とか物語って、実は少ないのだ。

陽一を演じ、2017年にはNHK紅白歌合戦に出場するほどの人気者となった竹原ピストルは本作の原作を読んで『たった二種類の金魚鉢』という曲を書いた。

「お魚はいいね 水の中では涙を気づかれずにすむだろう お魚はかなしいね 水の中では涙に気づいてもらえないだろう だからそこですかさず覚悟だの勇気だのを持ち出してくるなよ 空をきる尾びれのよう 並ぶ影と陰」(竹原ピストル『たった二種類の金魚鉢』)

夏子の涙に、幸夫は気付くことができなかったのかもしれない。幸夫と真平は、自分が流している涙にさえ気づくことができない種類の人間だ。そのことに、陽一を演じた竹原ピストルだけが気付いていた。世界がこんな風に何種類かの、でも色々な人たちで出来ている。あるいは出来ていたらいいのに、と思わせてくれる。『永い言い訳』はそんな優しくて痛い映画だ。

『永い言い訳』予告編
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「外国で飛行機が落ちました」――イエモンと東京ドーム

「こんな夜は逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて 君に逢いたくて 君に逢いたくて また明日を待ってる」

THE YELLOW MONKEYのライブに行った。生まれて初めて。彼らにとっても、2001年1月の活動休止(その後04年に解散)以来、約17年ぶりとなる東京ドーム。普段はそんなことしないのだけど、まさにその解散前の数年間、カセットテープで(!)毎日聴くほどイエモンのファンだった母の分のチケットを取り、二人で観てきた。

僕は小学校の中学年くらいの頃から無駄に(無意味に)変なところがませていて、少なくとも同じ地域の子どもが基本的には見ていないような音楽番組を欠かさず見るような奴だった(当時はとてもSMAPが好きだった)。イエモンが現役でバリバリ活動していた時代は、そのころの記憶とおぼろげに重なる。Mr.Childrenをきっかけに僕が音楽にグイグイ嵌まっていった02年にはイエモンはもう活動していなかった。「母が好きだった歌謡曲っぽいバンド」というような印象だった。常套句のようになってきたけど、僕は本当にセンスのない趣味を多感な時期にフル稼働していたので、全く価値が分かっていなかった。ミスチルやスピッツの方が「上」だと思っていた。今、目の前にそういう昔の自分がいたら「お前が苦労するの、そういうところだよ」と教えてやりたい。ま、それだけではないけれど。

最初にうちの母がハマった『聖なる海とサンシャイン』
(僕も好きなのだけど、今回の公演では披露されなかった)

それでもリアルタイムでずっと、YOSHII LOVINSON名義から吉井和哉になってからのソロ作品を聴いていた。ライブには2度、足を運んでいる(2009年と15年。ちなみにソロのアルバムも全部名盤だと思うので、それらの曲が聴けなくなった?のはそれはそれで寂しかったりもする。トータス松本などにも言えることだけど、華のあるバンドのフロントマンが「バンドの活動がもうないかもしれない状態の」ソロ活動で表す私小説っぽさというか暗さというか救いのない曲というのは、無造作に無防備にそこら辺に空いている穴みたいなもので、落っこちたらいろんな意味で出てこれないかんじがする)。
トータス松本 『涙を届けて』
吉井和哉 『バッカ』

MCで吉井は「2001年の東京ドームでのライブがトラウマのようになっていた」と語った。もう一度ここで演奏しなければ「死ねない」と思った、と。17年という時間はでかい。こういう言い方は良くないけど、ある種の現実なので敢えて言えば、人生が決まってしまうような時間だ。馬鹿でニキビ面でオナニーも知らず毛も生えそろわない11歳だった僕も、相変わらず何も知らないけれど、いろんな可能性を一つずつ削られた、28歳のただの嫌なおっさんになった。40代で子育てに明け暮れていた母は還暦を過ぎた。解散を嘆いた母はそれから、少しずつイエモンから離れていった。「(あれから俺もいろいろあったけど)みんなはどうだった?」と吉井が問い掛けてから披露されたのは『バラ色の日々』

「あの時感じた夜の音 君と癒したキズの跡 幾つもの星が流れていた 慰めの日々よ 砂漠の荒野に倒れても 長い鎖につながれても明日は明日の風の中を飛ぼうと決めた」

吉井の「歌」は他の誰とも似ていない。17年間、イエモンに代替できるバンドは生まれなかった。吉井の詞は艶がある。エロいことを歌っているのか、人生のことを歌っているのか、ふざけているのか、血しぶきが上がるような切実さを歌っているのか、よく分からない。そして確実に、それらを全部同時にやっている。90~00年代に発表された曲なんて、今じゃノスタルジー以外に輝きようのない懐メロだって山ほどあるはずなのに、2017年の、未来に向かって開かれた曲として彼らの曲は響いていた。親と一緒にライブに行って「前の人が座ってみてるから私も座ったまま見れてよかった」と言っている母の隣でゆったり聴いている中で、涙が何度も出るほど感動するとは思っていなかった(ちなみに「どのくらい泣いたか」、あるいは下手をすると「泣けなかったか」で感動の強度を図るような表現をするのは本当に止めた方がいい、というかそんなのその時の俺のテンション次第だろ。と思っているのだけど、いまは敢えてこういう言い方をしています)。母がこのライブでどのくらい感動していたのかは分からない。『天国旅行』が聴けて良かったと喜んでいたが『バラ色の日々』も特別好きな歌だったはずなことを僕は憶えている。(全然関係ないことだけど、ライブに来て僕がほぼ確実にグッときてしまうのは、僕よりそのミュージシャンのことが好きであろう大ファンらしき人が感極まっていたり、とても幸せそうにその音楽に触れている姿を目にする時だ。4年くらい前に友人とアジカンのワンマンに行った際、前の席にいた普通のおばさん(耳に障害があるらしく、補聴器のようなものを付けていた)が、もちろん全然知らない人なのだけど、それはもう本当に全ての痛みを忘れたみたいに幸せそうな顔をしていて、その時に自分には計り知れないほどの尊さとこみあげるものを感じた。以来、ライブでいちばん感動するのは実は音楽そのものという以上に、そういう人の姿を見かける瞬間だったりする。そしてその度、あの幸せそうだったおばさんの姿を思い出す)『バラ色の日々』は解散が決まっていた2016年のSMAPとコラボする形で、まさに終末期の『SMAP×SMAP』で披露された。イエモンの再集結そのものを歌った『ALRIGHT』と共に。


「外国で飛行機が落ちました ニュースキャスターは嬉しそうに『乗客に日本人はいませんでした』『いませんでした』『いませんでした』僕は何を思えばいいんだろう 僕は何て言えばいいんだろう」

ソロの曲が良かったということもあるし、母のこともあるし、過去の楽曲を後追いで聴いてもやっぱり良かったというのもあるけれど、それでも『JAM』がとっくに時代の名曲として認知されていたにもかかわらず、自分にとって刺さり続ける大きな曲だったことが、僕にとってTHE YELLOW MONKEYと吉井の音楽が特別だった理由のような気がする。

CDが売れる時代に発表され、ミリオンとまではいかないけど80万枚くらい売れて、当時ミュージックステーションで「フルバージョンじゃないと出ない」という条件で披露されたそんな歌。去年、イエモンが再結成して(僕はイエモンが復活するということが世間的にここまで大きなことだとは正直、思っていなかった)紅白に出てこの曲を歌ったことで、良くも悪くも現代のいろんな層に完全に認知された。大晦日の朝日新聞には「残念だけど、この国にはまだこの歌が必要だ」というメッセージ付きの一面広告が載った。「世界に一つだけの花」がどう聴いても今ではいい歌に聴こえないように(ちなみに2002年に初めて聴いた時は、何て言い歌なんだろうと感動した)、テレビから這い出てくる貞子が怖いと思えなくなったように、ターミネーターのテーマ曲を聴くとつい笑ってしまいそうになるように、一般化や大衆化、ありがたみがないほど定着しきってしまうことは、こうした感覚がせめぎ合う場所で勝負している表現にとって、必ずしも喜ばしいことではなかったりする。

「外国で飛行機が落ちました……」という、この曲を大切に想ってきた人たちにとってかけがえのない言葉であるはずのフレーズも、正しいことを教えてくれる親切で尊敬すべきで幸せになり金持ちになり人の上に立ってほしいと思えるような人たちのお蔭で「無知から感傷的な歌詞を書き、正しくない情報を流布した」鼻つまみものの物件になった。

「海外の事故などでの『乗客に日本人はいませんでした』というのは、大使館などに問い合わせが殺到しないようにしているための配慮である」
たとえばこんな風に
→この件について今さら他にも知識を収集したい方はググるなどしてください。

この議論自体ももう過去のもの、というかんじがするけれど、それでもやっぱり。ニュースキャスターが嬉しそうにしていなかったとしても、そう見えただけだったとしても、そう感じる歌が、戸惑う言葉があっていい。そんな歌が刺さっていい。「あっていい」なんてわざわざ主張しなければならなくなってしまった。「そこまでしなくても」と引いてしまっては、気づいた時には「あってはならぬ」ということになってしまいそうな現在なので敢えて。
『JAM』を聴いて、そんなこともあったなんて思いながら、やっぱり今もこの曲が響くし、それが懐かしいからだけじゃなくて、とても2017年的な歌でもあると感じるのは、上記のような場外での言い争いが生まれること、そして何より、最後はラブソングに帰結することが大きいと思う。

どうにもならない身の回りの社会。他人なんてどうでもいい世界。どうしようもなく巨大な、勝てそうもない何かを感じた時、理由もわからず理屈もなくただ「君に逢いたくて」と思ってしまうそんな弱い主人公の歌。でも「僕」は「暗い部屋で一人 テレビはつけたまま」「震えている」のだ。「何か始めようと」。イエモンの解散には、1997年の第一回フジロックでのある「挫折」が関係していると言われている。そしてその後、吉井は活動休止するとき、解散するとき、そしてソロ活動している間も、例えばフジファブリックの志村に捧げるようにこの曲を歌ってきた。「Good Night」という言葉からこの歌には、死と終わりのニュアンスがある(イエモンの曲はどれもそうかもしれないけれど)。そして吉井は多分今もこの曲を歌う度に、亡くなった盟友でありプロモーターでもある中原繁氏のことを思い出しているのではないかと思う。

それでもこの歌はやはり「何か始めようと」している人の歌なのだ。自分の身体にJAMが流れている限り、それが溢れ出そうが、この世界に真っ赤なJAMを塗って食べようとする奴がいようが関係ない。始まったばかりのイエモンにとって、かつてないほどぴったりな服だと思う。

「素敵なものがほしいけどあんまり売ってないから好きな歌を歌う」
(昔のライブアルバムでは「あんまり」じゃなく「何にも」と歌っていた。「何にも」の方が強くてエモいから、そう歌ってほしいような気もするけれど、歌詞としてはやっぱり「あんまり」の方がいいなと今は思う)

それはソングライターである吉井の歌だ、と初めて感じた。
「好き」とはあいまいな感情で、不確かな感覚だ。「好きな歌」というのも怪しい。だから自分で作るしかない。自分で書いて、歌うしかない。吉井もイエモンもめっちゃかっこよかった。あんなにカッコよくてまるで「日本人」じゃないみたいなのに「イエローモンキー」という名前で、そして惨めな自分の心に優しい麻薬を注射してくれる。背中を押してくれる。

このところ、何かを選ばなければならない、と追い詰められていた。何かを捨てなければならない、と。僕も素敵なものが欲しい。それは売っているんだろうか、いないのだろうか。僕は自分の「好きな歌」を、こんな暗い部屋にいて歌えるだろうか。少なくとも、何かを始めようとしてはいるのだけど。

女のまたぐらを模したステージから、真っ赤なバラのように、血のように歌の粒が吹き出していた。それは飾らないのに贅沢で、音楽以外に何もない楽園だった。
「さようなら きっと好きだった」

「ここにいないあなたへ」

って、本当にもの凄いタイトルだと思う。この曲で、星野源はまた圧倒的に「勝つ」と思う。ラブソングとラブストーリーがいちばん大事で強い時代(この1年くらいは完全にそうだったと思う)は、あとどのくらい続くのだろう。そしてセンス(≒心?)がないので、次に何が来るのか全然見えていない。というか、なぜだか分からないけどPCのタッチパッドが知らないうちに勝手にやたら感度が良くなっていて凄く打ちにくい。通り過ぎたはずの言葉をまた繰り返したり直したりというのを頻繁にやらなきゃならなくて、まるでこうやって普段から生活しているのだぞお前は、と言われているみたいだ。

「救急車とパトカーのサイレンの音って、違うんだっけ」
ググれば一瞬で分かることだけど、そんな風に誰でもが知っていそうなことを、結構知らなくて、だから何? という気もするし、別に親切な人に教えてもらいたいわけでもない。お洒落な生活をしているわけでは全くないけれど、これ何だろう。どこへ向かって動き、漂っている睡蓮なんだろう、と思ったりする。それが常でないのは忙しいせいじゃない。忙しい人は「忙しい」とは言わない。自殺する人が「死にたい」と言ったりしないように。そうかと思えば……なことが起きたりするので、いちいち何かを正当化したり予防線を張ったりするのに忙しい瞬間のとぐろみたいな連なり。

「何が言いたいの?」と問われている。書き手として。一体僕は何を書きたいって答えるつもりなんだろうか。ある表現者が「伝えたいメッセージなんてない」と言っているのを真に受けて、自分も「空っぽなんで」とか開き直ってただ、ぽろぽろっと、崖から安全な速度で落ちてくる砂をすくって、でもそこで耐え抜いて咲いている花には全然手が届かずに、人前と同じように黙って、考えるふりをしてきた。

今日観たある映画では、主人公が「いちばんの恐怖は何?」と問い掛けられる。愛する姪っ子の人生を壊すことだ、とその一見自分勝手そうなちゃらんぽらんな男は答える。僕も「つまらない奴だ」と思われることには慣れた。いや、慣れてない。その度何か突き付けられるような、エモい風な言い方で言えば泣きそうになる。それから、人から小馬鹿にされたり、「こいつは笑ってもいい奴だ」と立ち振る舞いの中から認定されることにも、ようやく諦めがついたというか、もう「そんなこと」でいちいち藤原竜也が映画に出るときに絶叫するあのげんなりするやつみたく(『22年目の告白』はその裏を掻いていたけど)悩むの辞めたら? というテンションになっている。中学生の頃に書いていた日記帳と言うか雑記帳みたいなものをひっくり返したら、多分同じようなことが書いてあるのだと思う。こんな風に誠実であることを諦めているとしたら、書き手としてもう死んでいるのかもしれない。正しい言葉、正しい文章というものも、もしかしたらあるのかもしれない。みんなそう言ってるし。きっとそれはポリティカル・コレクトネス(PC)に似ている。

“救急車のサイレンが胸の糸を締めるから”と『Family Song』は歌う。こないだ映画の『イット』を映画サークル時代にお世話になった先輩と観た後の会話の中で「あの監督、人間に興味がないんだよ」という言葉が出た(分かりにくい書き方で悪いけれど『イット』のことではなく、別の映画の話をしている時だった)。その言い方、これまでも何回か聞いていたのだけど「……もしかして俺もそうかも」と初めて思ってしまった。結局他人なんてどうでもいいと思っているのだ。そういう目で振り返るとそこかしこに、そういう色の泥がついた足跡が見える。いや、この「そういう目で見る」というのも、結構曲者だと思うけれど……。

「何が言いたいの?」と問われている。そしてそれは「本当に自分は書きたいのか」という根本的な問いになって今ここに転がっていて「もしそうじゃなかったらどうしよう」という思いから今まで多分十年くらい、そのことを真剣に考えず逃げてきた。それが僕にとっての恐怖、かもしれないし全然的外れかもしれないし、明日になったら忘れているかもしれない。ちなみに『イット』も「恐怖」というのが最後に提示されて、それと戦っているんだというんだけど、「恐怖」って子どもたちがこんなにもおぞましい言葉を吐いたり暴力を振るったりしなければならないほど「恐怖」なんだっけ? と僕は思ってしまった。もはやこれ恐怖じゃなくて、いったい何と闘っているんだ? って。ただ恐怖を舐めているだけなのかもしれないけれど(『イット』という映画自体は楽しかったです)。


いろんな人と出会い、その多くが、いや、その一人ひとり、あるいはたった一人が「ここにいないあなた」になってしまうような生き方をしてきた。そんなつもりじゃなかったけど、自己啓発セミナーや採用面接や職場でそのフレーズを言ったら「そんなつもりじゃ……」の時点で思いっきり相手に正しさのお墨付きを与えてしまい、糾弾されるだろう。まあ、それは別にどうでもいいのだけど。

不思議なこと、は別に起こらない。目を閉じて耳を塞いだら、あるいは人ごみでぼーっとしていたら、突然大切なことが分かるなんてことは多分ない。別に書きたいことなんてない。だから「あー、ラーメンも美味いしカレーも美味いし寿司も美味いからとりあえず」ってなかんじであれもこれも手を出して、別にどれが大事っていうことでもない。クリスマスとかもどうでもいい。「クリスマスってなんかキラキラしていて独りだと居づらいっていうか、そういう同調圧力みたいなのって息苦しくないですか……」みたいなネットニュースも含めてどうでもいい。そういうこと言うと炎上するし、アフィリエイトで稼ぐのはやっぱり厳しそうだ。というか、「独りだ」と大声でアピールしている人も、「独りじゃない、みんないるよ」的なスタンスの人も、やっぱりみんな、基本的に大して変わらない「独り」に見えるけど。

難しいですね、多様性。難しいですね、人権。難しいですね、労働問題、政治、マスゴミ、SNS、すぐ「死にたい」って言う人、ジェンダー、差別、排除、分断、忖度……全部の痛みと、都合よくSNS用に短縮して作られた言葉たちが、「流行語大賞」という賞そのものと共に、消えてなくなるといい。「難しいですね」っていう言葉は使いたくない。そう言っておけば大丈夫、みたいな言葉だから。そういう言葉が多すぎる。その言葉を使わず、誰の味方にもならず、生きていたい。

そもそも「書くこと」を選んでいることが間違いで、今辞める時に来ているのかもしれない、と思いながらこんなことを書いている。全く他人に刺さらないけれど、全然面白い物語は浮かばないけれど、他人を傷つける、幼稚で、僕が昔踏みつけたいと思っていた人たちや「こんな人たちに負けたくない」と思った(そういえば、僕だってそういう風に思ったことがあった)人たちだってそんなに考えなくてもすらすら出てきそうなものかもしれないけれど、それでもなぜか言葉はとめどなく溢れてくる。それは生臭い吐しゃ物のような、週末の終電の車内みたいな悪臭を放つ言葉ばかりかもしれないけれど、ただ確かに産まれてくる。光ってないし、優しくないし、人の心がなくて鈍くてかっこ悪くて、だけど過去に失ってきたものと同じで、逃したら取り返しがつかない。これ、何なんだろう。
  
「ここにいないあなたへ。空を見ては手を繋いで――」

最近はポール・ヴァーホーベンの映画を観ている。『エル』は今年ベストの映画だと思うけれど、十年前にも『ブラックブック』という大傑作を撮っていた。現在のアメリカや日本で撮られている大作映画とは根本的に人の描き方が違うけれど、圧倒される。このPC(ポリティカルコレクトネスのことではない)は「し」と打つとすぐ「死」と変換される。そういう奴に限って、潔く死ななかったりする。

シャットダウンしますか?

また負けました。この場合の負けた、というのは誰かに、という意味はもちろんだけど、絶対的にも負けている。

脚本はここが辞め時かな、という気がする。中途半端な覚悟でこの1年、書いてきた。これまで大して闘ってきていないくせに、負ける度思った以上に凹んでいる自分がいる。頭が悪いことにとても悩んでいる。力がないこと、根気がないこと、だらしないこと、コミュ障なこと。仕方がないことだ、それが自分なのだから。

つまらない、くだらない人間だけど書くことなら、とすがるように始めたことだったのに、蓋を開けてみたら僕よりずっと喋れて頭が良くて面白い人の方が、書き手としても断然優れていた。そういうことを、どんどん突きつけられて、全然救いがない。我儘だ。こうやってうじうじ悩んでいるのが本当はいちばん楽で、独りで閉じ篭っていたいと心底思っている。変わろうとなんてしていないから、ずーっと同じ場所にいる。

同じ場所をぐるぐる回っていることに、疲れた。今日こんな気持ちになるとは想像していなかったけど、書き手としていつも死に場所を探していたのだから、ここをそれにすればいい。もうどこかへ隠れて、リセットして、でもそうやってこれから他に生きてく理由もないけど。どうしてこんな道に来てしまったんだろうと思うけど、それはもう仕方なくて。どうしたらいいんだろうという答えはないから、ハズレでも引き続けるしかない。引くのが怖くて逃げてばかりきた自分。僕が書くものがつまらないのは生き方が他人に共感されるようなものでなくて、幼稚で、汚いせいだ。本当に自分が憎い。死ねよ、といつも思う。実際に口に出して言っている。決断とか覚悟とか、それらしい言葉は知っているのに、何もせず、何も決めず生きてきた。誰かが助けてくれるのを、何かが自分を動かしてくれるのをいつも待って、それだけの人生だった、これまでずっと。

このままなんとなく、一年後も二年後もこうしているのだろう。ごめんなさい。本当に駄目だ。誰も止めてくれないのだから、自分で辞めるしかない。さようなら、最低で最悪な◯。

概念を奪う、とは


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プロフィール

彩灯 甫

Author:彩灯 甫
沖田灯の筆名で2012年から活動しましたが、2017年8月22日に生まれ変わりました。ブログタイトルも『新しい言葉を尽くしてるって思いたい』から新しくしました。

小説家・脚本家を志して書いています/映画・音楽批評/早稲田エクステンションセンター根本昌夫クラス/映画美学校脚本コース/岡村詩野音楽ライター講座/ことばの映画館/シネマキャンプ/音小屋

学生時代は早稲田大学児童文学研究会、CINEMAX SIDEVARGに所属/writers' light

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