概念を奪う、とは

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歩き方

ありがとうも、さよならも、ごめんねも、僕らにはもういらない――Mr.Childrenの25年と暗がりで咲いてる”himawari”の坂道

「ひまわりの坂道 駆け降りてく君が振り向いた あの空の眩しさが今でも」(“君がいた夏”)
 
 その花は、25年前のデビュー曲にもひっそりと、そして鮮明に咲いていた。

 5月10日のアニバーサリーを目前に控えた今年3月、Mr.Childrenは『Hall Tour 2017 ヒカリノアトリエ』の名古屋公演を途中で中止、その後の公演も延期した。原因はボーカル・桜井和寿の喉の不調だった。会場の収容人数がこのバンドとしては少なく、いつも以上にチケット入手困難なその公演に参加できるはずもなかった僕は、中止のニュースをツイッターで知った。翌日、桜井はオフィシャルサイトで「自分のイメージする『歌』とは程遠い歌を、皆に聞かせなくてはならなかった」と振り返り謝罪した。今年28歳で、もう人生の半分以上をMr.Childrenのファンとして生きてきている僕はその時、「ああ、ミスチルはこうやって終わっていくのかもしれない」と初めて思った。これは、終わりの始まりかもしれないと。

 僕がMr.Childrenを本格的に聴くようになったのは2002年、中学1年生の時のことだ。その年、桜井が小脳梗塞を発症してバンドはデビュー以来2度目の活動休止を余儀なくされた。インターネットも今ほど普及していなかった時代(少なくとも僕の家にはまだPCがなかった)、ミスチルの活動再開に関する何の情報も掴めぬまま、テレビから流れてくる携帯電話のCMで桜井の声を聴いた。

「例えば誰か一人の命と引き換えに世界を救えるとして僕は誰かが名乗り出るのを待っているだけの男だ」(“HERO”)

 当時の僕は、文章とか言葉というのは、小難しい単語や言い回しが使われてさえいれば、それが良いものなのだと思い込んでいた。でも、当たり前だけど桜井の詞(ことば)は全く違った。平易で、誰もに伝わる言葉が並んでいるだけのようにも見えるのに、心の中の暗い場所や、痒いところ、痛いところに届くような。そうかと思えば「駄目な映画を盛り上げるために簡単に命が捨てられていく 違う 僕らが見ていたいのは 希望に満ちた光だ」と、社会や時代を冷徹に俯瞰した上で、すっと心を刺してくるような。「ミスチルの歌詞っていいよね」と一般によく言われるのと同じレベルでそう考え、僕も桜井の詞がいいからミスチルが好きなのだと思い込んでいた。

“HERO”との出会いをきっかけに僕の人生は動き始めた。はじめはミスチルと同じようにバンドがやりたいと思い、ギターを手に取って歌ってみたけれど思うようにいかず、それからは文章を書くことで自分を表現していこうと考えるようになった。今は小説や脚本を志し、そして音楽に関する文章を書いているけれど、そういう自分の根幹にはずっとMr.Childrenが在り続けている。文学でも音楽の世界でも、深く入っていこうとすればするほど、マニアックなものや玄人好み(?)な作り手・作品・表現――いわゆる「アート」に偏って触れがちになる。映画だって、全部ではないけれど、例えばミスチルが主題歌になるようなメジャーなものは基本的に好きにならない。狭い交友関係の中に「ミスチルが好き」なんていう人はあまりいないし、自分もそうなった方がいいんだろうなと思うこともよくある。Mr.Childrenが自分のコアにあるということは、僕にとってアキレス腱だったりもする。

 それでもこの約15年間、生活環境も、考え方も、将来の目標も、趣味も、社会の空気も、あらゆる人間関係も、時の流れや自分と共に変わってきたけれど、Mr.Childrenを聴くということの濃度だけは変わらなかった。Mr.Childrenが新しい音楽を放ち続ける限り、桜井が歌っている限りはまだ死にたくない。僕にとってそう思える唯一の存在だった。

 大人になって何度かライブに行くようになり、あるいはBank Bandなどで他のミュージシャンの曲を桜井がカバーするのを聴く中で、気付いたことがある。それは、僕にとって(そして多分ミスチルの音楽を愛する多くの人にとっても)、Mr.Childrenがずっと特別であり、日常であり続けている魔力の理由は、歌詞やメロディーや演奏以前に、桜井の声と歌にあるということ。赤ん坊が泣き叫ぶような声音で、苦しみの中から絞り出すように、誰にでも訪れる感情、だからこそ見て見ぬふりをしてしまうような些細な感情、いわゆる「希望を 勘違いを 嘘を」(“fantasy”)歌ってくれる桜井に出会いたくて、僕はMr.Childrenを聴き続けてきた。「ずっとヒーローでありたい ただ一人 君にとっての」と、最後のサビだけファルセットでなく地声で絞り出すように叫ぶ桜井の歌に撃たれて、その激情をちゃんと覚えたまま、ここまで来たのだと思う。Mr.Childrenとは、そんな桜井の歌が時には真っ直ぐ、時には曲がりくねったりしながらも誰かの心に届くための、他に代えられない装置なのではないだろうか
 
 バンドは2014年に体制を大きく転換した。デビュー時からプロデューサーとして二人三脚で歩んできた小林武史から離れ、セルフプロデュースを始めたのだ。そうして産み落とされたアルバム『REFLECTION』は、ピアノよりストリングスより手前にメンバー四人の音が聴こえる、肉体的で感情的な、新しいMr.Childrenの音楽になった。彼らがシングルCDを何枚もミリオンヒットさせた1990年代とは全く異なる、音楽の趣味も、聴き方も、ライブの在り方も、そもそも音楽を聴くかどうかも、あらゆる選択が「多様」と言われる時代。社会はネットのおかげでくまなくつながったように見えるけれど、どんどん細かく枝分かれして互いにいがみ合う、「分断」とか「断絶」という言葉で分かりやすく括られるように、全てがばらばらになった時代。そんな瞬間に、それでもシーンのど真ん中で音楽を鳴らしていこうとするバンドの姿勢と音を、少なくとも自分はとても幸福なものとして受け取った。一方、雑誌などのインタビューで彼らが語る言葉は「Mr.Childrenを一生続けていくことの難しさ」や桜井の喉への負担に関するものが増えていった。桑田佳祐や小田和正など、彼らより年長で音楽を続けているミュージシャンは国内にも決して少なくない。ただ、ミスチルのライブを観たことのある人なら思い当たると思うが、コンサート会場を縦横無尽に、それこそサッカー選手ばりに走り回って歌う桜井のパフォーマンスのスタイルや、何より彼が放ってきた、階段の昇り降りを何度も休みなく繰り返すような、限界点より一つも二つも上にある音をあえて捕まえようとする(ほとんど捕まえられていない時だってある)ような歌たちを、年齢をいくつ重ねても続けていこうとするのは、ほとんど無謀に近いことなのだと思う。だからと言って、喉に負担をかけず歌い上げる系の「歌手」になったり、過去の曲を低いキーで歌う桜井を、リスナーやバンド自身、そして自分は「Mr.Childrenとして」受け入れられるだろうか――。そんな思いがあったから、冒頭に記した公演中止のニュースを聴いた時、いつか絶対に来る別れの予感を僕は受け取った。ただ、皮肉なのか必然なのか、最近のライブで聴く桜井の声は追い詰められるほど、負担がかかるほど伸びやかに、悲痛に「目を瞑っても消えない光」(“箒星”)のように優しく淡く、強く、狂気を帯びて響くように感じられた。

 今年1月に届いた「だけど明日を変えていくんなら今 今だけがここにある」と歌う“ヒカリノアトリエ”は、サポートメンバー四人の音と溶け合った、新しくて朗らかな讃美歌のようだったけれど『REFLECTION』で獲得したロックバンド然とした音や肉体感とは違っていて、どこか腑に落ちなかった。桜井の歌も、高音と低音を重ねることで第三の声を探るような、求めている切実さや切迫感とは異質なものだった。例えば同時代に音楽を鳴らしてきて、自分たちの音を円熟させたようなスピッツの“醒めない”、THE YELLOW MONKEYの“砂の塔”、ウルフルズの“バカヤロー”などと比べると「ミスチルはずいぶん実験的な曲を創ってるなー」という印象を受けた。ミスチルの新曲を、初めてあまり繰り返して聴かなかった。次のミスチルはどこへ向かうのだろう――。そんな中で7月、“himawari”が暗がりに咲いた。

 いつからか、音楽や映画について語るとき、あるいは日常の中でも「エモい」という言葉が使われるようになった。この曲エモい、あのシーンはエモい、なんかその人の話がエモくてさ……。現代は、SNSを開けばそこかしこに、あるいはテレビをつければワイドショーでもバラエティーでもドラマでも、至るところに感情が発露している時代だ。感動した、泣いた、許せない、死にたい、怒っている、日本から出ていけ、ぶっ殺してやる、I LOVE YOU……何でもいい。今より情報を発信する手段が限られていた頃からすれば、とてつもなく豊かなはずの状況にある。だけどどうだろう。現実には、誰も受け取り手のいない言葉たちは勝手に暴れ出し、いつの間にか現実がネットの中みたいにいがみ合いだらけになっている。ある国の大統領は「壁を作ろう」と訴え、またある国の総理大臣は「こんな人たちに負けるわけにいかない」と叫んでいる。「私がファースト、私と仲の良いあなたもファースト、それ以外は敵(あるいはないのと同じ)」の排他的な社会。その理由の全てが感情にあるわけではないと思うけれど、土台に、装飾に、追い風に、根底にあるのは間違いない。感情は人を揺さぶるし、感情的に叫ぶのは気持ちいい。生きてるかんじがする。『ラ・ラ・ランド』も『シン・ゴジラ』も『君の名は』もエモい。各地に乱立するロックフェスも。こうした表現に受け手は歓喜し、熱狂し、心酔している。いろんなシーンで「エモさ」のインフレが起きている。それがいいのか悪いのか考えなくちゃと思いつつ、僕もそういう音に、映像に、言葉に心を動かされている。――そして“himawari”もまた、多分過去のMr.Childrenの曲の中で(少なくともシングルの中では)最もエモーショナルな曲になっていた。

 僕が初めてこの曲を耳にしたのは、幸運なことに、アニバーサリーイヤーの全国ツアー『DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving 25』の初日、6月10日の名古屋公演だった。進行中のツアーなので内容には触れないが、25周年にふさわしい贅沢な時間の中にあって“himawari”は異質で特別で、最も鮮烈な印象を残した。低音で始まる歌いだしは、初めての状態では詞を聴き取れなかった。

「優しさの死化粧で笑ってるように見せてる 君の覚悟が分かりすぎるから僕はそっと手を振るだけ」

 そう歌っていると後に知り、驚かされる。会場で聴き取れたのは「透き通るほど真っ直ぐに明日へ漕ぎだす君がいる 眩しくて 綺麗で 苦しくなる」という言葉だった。そしてその果てに「そんな君に僕は恋してた」というあまりにもあっけなくシンプルで、でもきっと大切な答えに行き着く。ごく普通の気持ちの揺れを、感情を、聴き手が戸惑うほどの熱量で放り投げてくるような、乱暴で抑えの効かない音像。何だ、これは――? 過去のミスチルでこのメロディーの曲だったら、例えば“youthful days”や“HANABI”のように、切なくもきらびやかなポップチューンに仕上げたか、“HERO”や“しるし”のように、ストリングスを前面に押し出した壮大なバラードを選んでいただろう。だけどこの曲は違う。桜井の熱と一緒に燃え上がっていくように田原健一のギターが、ヴォーカルを覆い隠すほどに荒々しくメロディーの中を泳いでいく。そして桜井は自分を痛めつけるように、喉に負担がかからない歌、なんていう概念がだいぶ遠ざかるようなレベルで叫び、絶唱する。

 ブルーを基調とした暗がりの中で、ゴッホの絵画のように咲いている向日葵。このCDジャケットにしても、曲の雰囲気にしても、過去のアルバムで言うと『深海』や『I LOVE U』を彷彿とさせる。前者は「死」が、後者はそれに加え「衝動」が籠もった作品だったと思う。桜井はこれまでも「届けたい 届けたい 届くはずのない声だとしてもあなたに届けたい」と歌う“花の匂い”をはじめ、届かない想いや死のイメージを何度も「花」に託してきた。“himawari”には死と衝動、そして言葉にするのが困難だけど確実に存在するような複雑かつ強い「感情」が籠もっているように感じる。先にも触れた通り、感情的になることは他者を省みず、容赦なく傷つけてしまうことと諸刃だ。Mr.Childrenは1994年に初のミリオンセラーとなった“CROSS ROAD”、そして“innocent world”を発表して以来、常にシーンを牽引する曲を創り、存在感を示し続けてきた。そこには桜井の、音楽の才能というだけでは括いきれない、時代の空気と雰囲気と匂いに対する嗅覚がはたらいてきたと思う。だから今年、Mr.Childrenからこういう激しく情動的な楽曲が産まれてきたことは必然だった。だけどそれは、彼らが時代に流され、迎合し、自分ファーストなこの国の人たち、僕たち、僕、を感動させるためだけに音楽を紡いだということなのか。“himawari”は現代を象徴する、エモくて、ヤバくて、泣けるだけの楽曲なのか。

 音楽を聴くことやライブの感動には「非日常」という魔法がある。「この瞬間だけは日常の辛いことを忘れて……」といった言葉はよく耳にするし、桜井もライブで同じようなニュアンスの話をしている。一方、Mr.Childrenは「日常」を音にしてきたバンドでもある。「些細な生き甲斐が日常に彩りを加える」と歌う“彩り”や「めぐり逢ったすべてのものから送られるサイン もう 何一つ見逃さない そうやって暮らしてゆこう」と決心する“Sign”を、もう一つの側面の代表曲として持っている。“himawari”を聴いていると、ちっとも似ていないのにこうした楽曲のことも思い出されてくる。なぜだろう。

 “himawari”は映画『君の膵臓を食べたい』の主題歌として書き下ろされた。膵臓の病で余命僅かな少女・桜良(さくら)と【僕】の、一瞬で眩く、儚くてかけがえのない時間を描く物語だ。観る前は「どうせ今シネコンで乱発してる十代向けの胸キュン映画なんだろう」と思っていた。実際、それは間違いないと思う(恐ろしいほどよく出来ていたけれど)。だけど、恋愛とも友情ともつかぬ二人の不思議な関係性は、この現代に人と人が向き合うということの本当の意味について、新しい感覚をもたらしてくれる。多分僕が高校生の時に観ていたら、好きな人に気持ちを伝えたくなったり、誰かを好きになりたくなったりしたと思う。映画ファンがどう評価するか、とかとは全く別次元の話だけど、そんなことよりこっちの方が大事なんじゃないか、尊いんじゃないかと突き付けてくる。それって、音楽についても言える話だ。「アート」と「日常」――。

 「『ありがとう』も『さよなら』も僕らにはもういらない 『全部嘘だよ』そう言って笑う君をまだ期待してるから」と歌う“himawari”は【僕】の心情とよく合っている。向日葵とは主人公にとって桜良(=桜)という日常がいなくなった後の季節に咲く花なのだ。“himawari”は大切な誰かを失った後の世界、映画でも描かれ切っていない、何か取り返しのつかないことが起きてしまった後の世界を生きることについて歌っているのではないだろうか。僕たちは地下鉄サリン事件も、アメリカの同時多発テロも、イラク戦争も、東日本大震災も起きてしまった後の世界(その間、ミスチルはずっと音楽シーンの先頭を走っていた)を生きている。

「諦めること 妥協すること 誰かにあわせて生きること 考えてる風でいて実はそんなに深く考えていやしないこと 思いを飲み込む美学と自分を言いくるめて 実際は面倒くさいことから逃げるようにして 邪にただ生きている」

 “himawari”を聴いていると、その悲痛が、切実が、滾るような想いが、奪われる度に人々が取り戻そうと努力しもがいてきた「日常」の延長線上、あるいは隣り合わせにあり、未来、過去と繋がっていることに気付く。ただ感情的に興奮するだけではなく、止まってしまっていた思考が、逃げていた現実や邪に生きている「日常」に向かわざるを得なくなる、そんな歌なのだ。
 
 Mr.Childrenはかつて『シフクノオト』(日常)の後に『I LOVE U』(衝動)、『HOME』(日常)の次に『SUPERMARKET FANTASY』(ファンタジー)と、日常と非日常、現実と非現実を行き交うように作品を編んでいた。そして最新の『REFLECTION』では「日常の中のファンタジーへと」(“fantasy”)と、双方を結び付けるような、繋ぐような音楽を創り出そうとするタームに入っている。“himawari”からは、プラスとマイナスの強い感情と同時に、日常の記憶や感触みたいなものがこみ上げてくる。その複雑で込み入った想いが、美しいメロディーを敢えてかき乱すような激しい音像となって表れているのではないだろうか。映画の【僕】にとっての桜良がそうであったように、大切だと思っている「日常」は、本当は当たり前に在るものじゃなくて、いつ消えてしまうか分からない、今だけの特別な「非日常」でもあるのだと、必死に訴えかけてくる音なのではないか。

 映画のエンドロールで流れない2番では「想い出の角砂糖」を「舐めて生きる」一途でセンチメンタルな一方で、「怖いもの見たさ」から「君のいない世界ってどんな色をしてたろう? 違う誰かの肌触り 格好つけたりはにかんだり そんな僕が果たしているんだろうか?」と、その後の世界を生きる自分の生々しい欲望や汚さを恥ずかしげもなく晒す。だから聴いた後には、センチメンタルで煽動的で「エモい」快楽だけでなく、どうしようもない苦々しさと異物感が残る。自分の中のおぞましさや歪みに気付いてはっとさせられる。自分勝手で感情だらけの時代の中で忘れられていた、汚さも狡猾さも持っている“こころ”と共に、綺麗ごとで済まない「その後の世界」を生きていく恐怖や危うさを歌っている。そこから目を背けていない。

 “himawari”は「誰かのために生きてみた」(“Tomorrow never knows”)後の、「あるがままの心で生きようと願」(“名もなき詩”)った後の、「僕らの今が途切れ」(“口笛”)てしまった後の、「共に生きれない日が来た」(“しるし”)時の、「会いたくなった」「寂しくなった」(“HANABI”)時の、「灯りのない孤独な夜が来た」(“足音~BeStrong”)時の、“終わりなき旅”が終わってしまった後の世界を、それでも生きていくための「嵐が去ったあとの陽だまり」だ。Mr.Childrenの楽曲にはこれまでも、例えば結婚式で奏でられるようなハッピーなだけの歌も、悲しく泣かせるだけの歌もなかった。いつの日も複雑な感情を、迷う心を表現してきた彼らだが“himawari”はそこからもう一歩進んで喜びと悲しみ、日常と非日常、現実と非現実、幸福と不幸、希望と絶望、そして生と死が地続きであること、「似てるけどどこか違う だけど同じ匂い」であること、もう戻れないけれど、繋がっているということを、全部溶かし込んで同時に差し出すような歌だ。だからこれまで様々な感情を丁寧に誠実に、時には荒々しく表現してきた彼らの過去の楽曲たちが“himawari”を聴くと一斉に立ち現れてくる。“himawari”を聴いてから過去の曲を聴くと、全てがここに繋がっていたようで、何度も聴いたはずなのに違った感覚に陥る。それは“himawari”がヒットパレードの25周年ツアーで初めて披露されたことや、ap bank fesの舞台で『Tomorrow never knows』や『名もなき詩』といったJ-POP史を代表する曲の直後に演奏されたことと無関係ではない。死の匂いと、衝動と、感情の周りにはかけがえのない日常があること。それらを混ぜ合わせると“生”が動き出し、“生命”に繋がると証明するような音楽だ。

 とは言え、“himawari”は純粋なラブソングでもある。そこまで時代と対峙している音楽だというのなら、もっと社会の匂いを直接イメージさせるような曲を作ってほしいという向きもあるかもしれない(僕も少しはそう思っている)。

 桜井のラブソングはとても「リアル」だ。それは彼が人の気持ちの微妙な揺れを言葉の意味や響きで捉えることに長けていて、誰かを愛しいと思う気持ちから派生する感情や言葉、出来事には、その人のあらゆる性質がもろに出るからなのだと思う。恋愛の「形」は一見多様になっているように見える現代だけど、誰かを好きになること、そしてもう一歩進んで大切にすることの間にもやはり高い壁ができて、どんどん難しくなっているのではないか。恋愛は1人ではもちろん、相手と2人だけでもできなくて、時にはノイズのようにも思えてしまうような周囲や社会の中に生きているからこそ抱ける感情であり、続けていける関係だと思う。Mr.Childrenの音楽が桜井の声とメロディーと詞だけでなく、それを食うように強くかき鳴らされる田原のギター、盛り立てるJENのドラム、支える中川敬一のベースで構成されているのと同じように。あるいはそれだけでも完成していなくて、スタッフや聴く人がいて初めて成立するように。だからこそ“himawari”は“終わりなき旅”のような自分探しの歌でも、“タガタメ”のような「社会派」の歌でもなく、ラブソングだったのだと思う。自分ファーストで自動化された世界の中で、それでも誰か他人を好きになれること、好きになれたという記憶の尊さを、叫んでいるのではないだろうか。声をかき消すほどの激しい演奏があるからこそ桜井の歌がより鮮烈に聴き手に刺さるように、君と、僕と、それ以外の全ての人や社会が在ってこそ世界は初めて成り立つのだと、教えてくれている。何もかもがばらばらになった時代を生きる鍵は、もう一度繋ぎ合わせて越えていくための一歩は、誰かを好きになることや大切にしようとすることとその記憶にあると、信じたくなる。ラブソングだからこそ、異なる他人同士が向き合い方を見失った現代に響く強さを備えている。J-POPの「日常」で在り続けてきたミスチルの聴いたことのない音は、玄人好みの「アート」と市井に生きる“忙しい僕ら”の「日常」が結び付くきっかけにだってなり得るかもしれない。

 それでも“himawari”は、やはり狂気に満ちた歌だ。ap bank fesで桜井は「そんな君に僕は恋してた」という歌詞を、「そんな僕に僕は恋してた」と壮絶に間違えていた。偶然だとは思うけれど、ミスチルの歌が「君」に話しかけながらも、その眼に映る「僕」の本当の姿や、汚さや、弱さや、微かな希望を追い求める自己陶酔的でナルシスティックな音楽だということを証明してしまったようでもあった。そんなバンドが売れ続けてきたこの国。そんな歌を信じて聴き続けている人々。狡さを抱えながらも「君」や「誰か」に何度でも向かっていこうとするミスチルに聴き手は、少なくとも僕は惹きつけられてきたのかもしれない。この曲でMr.Childrenは、これまでもずっとそうしてきたように、また音楽シーンの、時代のメインストリートに行こうとしている。

 CDのリリースに先駆けて公開されたMVは、進行中のツアーの映像をそのまま切り取るという実験的なものだった。たった1分16秒のその映像は、桜井の歌ではなく大サビへ向かうバンドの激しい間奏から始まる。音楽のジャンルや人種の壁を、国内外でヒップホップやダンスが媒介して越えていく時代だ。ラップもダンスもしない桜井が、この映像の中で音楽に合わせて激しく身体を揺らしている。「国民的」と呼ばれる歌とダンスをしていたアイドルグループが不穏な雰囲気の中で姿を消し、星野源の“恋”ダンスが社会現象になり、西野カナも“パッ”と踊り、時代を駆け抜けるラッパー・SKY-HIは歌って踊るAAAのメンバーであり、三浦大知が魅了し、宇多田ヒカルから満島ひかりまで誰もが踊りまくっている現代において、桜井のその動きはとてもダンスとは呼べないようなものかもしれない。それでも彼は、自分の「骨」であり「肉」であるバンドの音に身をくねらせ、捩じらせ、両手を力強く突き出す。まるで音楽や観客と一体になろうとするように。桜井は今まで何度も、いつもそうしてきたように観客に、聴き手に、誰かに、自分の向こう側に手を伸ばし、差し出し、歌い、叫んでいる。僕はその声に、桜井が歌い手として、人間としての生命を削って鳴らすその音に、25年でいちばん強く、悲しく、胸を掴まれるような、生き返るような光を感じた。Mr.Chldrenがあと何年続くのか、桜井がいつまで歌っていてくれるか分からない。だけど“himawari”を聴く度に感じる。眩しくて、綺麗で、苦しくて、切なくて、優しくて、心が痛くなる。そんな音を、歌をずっと――。

Mr.Children「himawari (Live ver.)」 MUSIC VIDEO (Short ver.)

美しい国

 僕が高校1年の時(2005年)、いわゆる「郵政民営化」を争点に掲げ(られてしまっ)た衆院選があり、小泉純一郎率いる当時の自民党が歴史的な大勝を収めた。ホリエモンやら杉村太蔵やら「刺客」やら、あちらこちらの人たちが騒がれ、歪な熱を帯びた選挙だ。僕は当時早稲田の付属高校に通っていて、現代社会でT先生という人の授業を受けていた。T先生は「ワイは『Who’s Who』(Marquis Who’s Whoのことだと思う)にも載ってるエリートなんや!」と、自分がいかにすごい学者なのかということを常に生徒に言い聞かせている風の人で、それはどうでもいいのだけど、ド田舎からそれぞれ早稲田の付属校へやってきた僕や僕の友人たちはT先生の言動にかなり影響を受けていた。先生の授業はだいたい、朝日新聞か中国の悪口に始まり、終わる。メディアの情報に踊らされる一般ピーポーのことを「大衆」と呼び、僕らはいかに自分がその「大衆」でない人間になるかを考えた。先生はいわゆるマスメディアをいつもこき下ろしていた。読売や産経を読むのは好きなようだったが。

 ただ、その思想?というか考え方は、当時の自分にとってはカウンターだった。学校でも家庭でも、それなりに戦後民主主義的リベラルな教育を受けてきたような気のする僕は、他の多くの平凡な当時の子どもたちがそうであったように、何か考える前から「平和が大事」と口にし、太平洋戦争や原爆の話が聴こえてくれば、とりあえず深刻そうな顔をしておけばオッケー、というバランス感覚をしっかり養っていた。その常識を刺すようなT先生の授業は刺激的で魅惑的だったのだと思う。当時、音楽に傾倒していた僕は平和活動にいそしむミュージシャンの姿に複雑な思いを抱きながらも、自分なりの考え方を模索していた気がする。そして多くの何も考えていない同時代の人たちと同じように、右も左も小ばかにして笑う、役に立たない大人に育った。

 あれから十年以上が経ち、日本も世界も想像していた以上に「右傾化」した。ある時点までは、政治的な考え方を右とか左とか一直線で表すことに抗う風潮があったように記憶している。本来政治って、もっと三次元的な、多面的なもののはずだからだ。だけど現代は、そういう空気ではない。政治学科に進んだにもかかわらず完全に「文学」側に逃げ込んだ僕は、これもまた誰も聞いてないのによく勝手に自分で言い訳している人たちと同じレベルで「政治から距離を置き」、考えなくなった。何の因果か、高校生の頃クラスで馬鹿にして笑っていたメディアに関わる仕事をギリギリしてはいるけれど。

 ポリティカルなことを言ったり書いたりするのはとてもリスキーだ。百害あって一利なし、と言ってもいい。それだけでさくっと誰かと対立するし、すぐに炎上するし、下手すれば殺されるかもしれない(そんな波及力は持っていないが)。何も主張せず「まあまあ、どちらの言うことにも一理あって……難しい問題で……考えさせられますなあ」とか言っておくのがいちばんまともでかしこく、かっこ悪くなく見える。どの作品か忘れたけどクレヨンしんちゃんの映画で「正義の逆は悪じゃなくて別の正義」というのがあったと思うけど、それをかなり低いレベルで体現している。さすが美しい国。まあ、日本に限ったことではないのかもしれないけれど。

 ただ、ここ何年か、現実には存在しえない「中立」っぽい立場で物事を見たり考えたり発信したりということでは、自分の中でバランスが取れなくなってきているという感覚がある。それはあまりにも世の中が右傾化しすぎているからで、たとえば「日本サイッコー!foo!」みたいな側の楽しい感じとか正しい感じとか、そういう風に見える空気が強すぎるからだと思う。誰とも群れたくはないんだけど……と考える。僕は活動家じゃない。まして政治家やこの世の中で圧倒的に支配力を持っている「喋り屋」でもない(というかなれなかった)。誰かが言っていたことだけれど、例えば社会的な差別に苦しんでいる人がいて、その人のことは例えば制度等である程度までは救うことができるかもしれない(なんか無理っぽい気もするが)。だけど例えば「モテない」ということに苦しんでいる人のことは、制度では絶対に救えない。そういうことがあるから、僕はこんな遠回りな、親が教育につぎ込んだ金を踏みにじるような(いや、まだそこまではいってないか……?)生き方をしているのだと思う。何の話? 感情の話です。

「私はこんな人たちに負けるわけにいかないんです」と秋葉原で絶叫しているおじさんもいる。
こっちこそ、負けていられない。




 ミスチルとスピッツのアニバーサリーなライブに行ってしまい、こんなフルコースみたいなものを食わされたらこの先感動できねえよ、と思ったりしていますが、最近はこの曲の歌いだしがとても自分にしっくりきてくれるかんじがする。愚かすぎるにもほどがあるけれど、僕もこういう気持ちでもう少しだけ、書き続けていたい。
https://www.youtube.com/watch?v=_T9R_4bjXsY

It's A New Day

 このまま一生、誰にも選ばれない気がする。選んでいくことはもちろんできるけど、選ばれることを選ぶことは多分できない。例えばそこに鏡があって、こんこんこん、と叩くと、当たり前だけど向こう側からもこんこんこん、と叩き返されている。そういうことしか書けないと、そのうち渋谷の路上で捕まる人のようになってしまうのかもしれない。社会っていうのは僕がこの汚い部屋から外へ出て会社へ行ったり映画館へ行ったりTSUTAYAへ行ったりくだらない飲み会に行ったりしてきたうちの、どこにあったんだろう。本当はそんなものなかったとしたら面白いのにと思う。若者も老いぼれもガキも穢れた大人も男も女もないのと一緒で。電話が鳴って、それは鏡の中で、鏡の中だから取れない。だけどこっち側の世界でも鳴ってるはずで、なのに振り返ると、意外とどこに電話があるのか分からなかったりする。まともな社会適合者なら多分それを見つけて、親に電話するかもしれない。「産んでくれてありがとう」と。この先、どうしたらいいんだろう。どうしたって、ダメなんだよ。だからさっさと死ぬといいよ。そんなに素敵な言葉も、窓の向こうに見える「シアワセ」という麻薬も、君には買えないことになっているんだよ。それは政治家のせいじゃないし、レイシストのせいじゃないし、選挙に行かない人のせいじゃないし、学校でいじめをしている人のせいじゃないし、会社でパワハラしている人のせいでもなくて、ただそこに転がっている。いつか、は永遠に来ないからいつか、と呼ばれている。渦は。言葉は。言葉は誰かを傷つけるためにあるのでなく、ただ傷つける。だから傷つけない言葉と書かれている看板はとても悪質で、非差別用語なんて本当はないのに、差別用語のレッテルをブランド物のアクセサリーか馬主の証みたいにぶらさげて、自分を肯定する。それが普通だ。その方がいい。ナショナリストと、リベラルであることに保守的な人たちでいっぱいの満員電車みたいなこの国で、あと何回、人に笑われたりあざ笑ったりするんだろう。あと何回、自分の方がこいつよりまともなんだとかマシなんだとか思ったりしながら、どうにもならない言葉を垂れ流していくんだろう。

 このままいつまでも、誰にも選ばれない気がする。何の実績もないのに、28にもなって小説を書いていますとか、脚本を書いていますと言っているのはとても恥ずかしい。さっさと辞めればいいんだけど、ちゃんと明らめられればいいんだけど、もうそれがなかったらただの頭の悪いキモイ不適合者でしかないから、今も死んだ時間を生きている。子どもの頃みたいに、もっと人に馬鹿にされたり笑われたりしていればもう少しまともな判断ができるのかもしれないけど、もういちいち落ち込んだり反論したり逆ギレしたりするのも疲れるから人に会わないので、なんだか部屋で爆弾を作ったりしている人たちとほとんど頭の中が変わらないかんじがする。共謀罪が通れば、こういうことを書いただけで暗部へ連れていかれて戻ってこれないのかもしれない。あるいは、今でもそういうシステムになっているかもしれないけど。
 
 ちょっといろんなものを欲しがり過ぎたなあ、と思ったりする。行間だらけの、吐いて捨てるほどどこにでもあるようなブログと同じようなことしか書いてない小説なのに、いったいどれだけ多くの明るさを求めるんだろう。もっと力のある人がもっと覚悟を決めて成長し続けている世界で、自分と身の回りと、害虫と衣類と本とアダルトビデオと手紙と電話と炭水化物と埃と会社を呪って、大切な瞬間や肉片をいくつも見落としてきた。あーなんか、このかんじ、寒い奴のSNSに禍々しくのしかかってる宗教みたいだ。もう少しまっすぐ歩けたらいいのに。そうこうしているうちに顔色はすっかり悪くなって、みんなもれなく病んでいる。沈黙。届く。届かない。誰がため。僕はこっち側にいる。絆創膏を剥がしたら、未来はさくっと流し読みできる四コマ漫画みたく居場所を見つけるかもしれないけど、今は世界中に埋められている地雷と死体のように、黙っている。振り返ったら、いつの今もぜんぜん走っていない。だからもう少し。ごめんなさい。海辺。言えなかったこと。やらなかったこと。繋がらなかったけど、繋がったかもしれない部分を手探りで触りながら、ガラパゴスゾウガメみたいに、もう少しだけ歩いてみる。

https://www.youtube.com/watch?v=9riDmg4yJzE

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プロフィール

彩灯 甫

Author:彩灯 甫
沖田灯の筆名で2012年から活動しましたが、2017年8月22日に生まれ変わりました。ブログタイトルも『新しい言葉を尽くしてるって思いたい』から新しくしました。

小説家・脚本家を志して書いています/映画・音楽批評/早稲田エクステンションセンター根本昌夫クラス/映画美学校脚本コース/岡村詩野音楽ライター講座/ことばの映画館/シネマキャンプ/音小屋

学生時代は早稲田大学児童文学研究会、CINEMAX SIDEVARGに所属/writers' light

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